オッス! おら礎。

5月 22
“イランの原発がサイバー攻撃に遭っていて深夜にAC/DCの”サンダーストラック”が施設で爆音で鳴り響く事態に陥っているという。” イランの原発、コンピューター・ウィルスに攻撃され、AC/DCを爆音で再生か (2012/07/26) | 洋楽 ニュース | RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト (via merluza)

(konishirokuから)


“まあでも、エロを際立たせるために大切なのは知性、インテリジェンスだったりするんだよ。知性が伴うとエロがいっそう匂い立つ。これも不思議だよねぇ。”

ハナシ | こちら、銀座 資生堂 センデン部 | 資生堂 (via satoruuuuu21)

(oldadmanから)


“この歳になってやっと分かったけど、勉強することって、自分の居場所を広げることなんだね。” Twitter / Hiraku: この歳になってやっと分かったけど、勉強することって、 … (via mcsgsym, malmrashede)

“「朝セックス」が気持ちいい理由については、脳内にある「ノルアドレナリン」という物質が関係している。脳内ホルモンの1つであるノルアドレナリンが分泌されると、性的な興奮が高まり、脳内の快楽物質の分泌が促進される。このノルアドレナリンの分泌量は朝起きてから3時間程度が一番多く、その後は徐々に分泌量が減っていく。したがって、朝起きてから3時間がセックスにベストな時間帯なのだ。特に女性の場合、「朝セックス」をすると女性ホルモンが活発に分泌され、1日中肌が潤い、髪も輝くとされている。” 性医学の専門家が推奨! 「朝セックス」のススメ - メンズサイゾー (via mcsgsym, opwq)

“影響力があるから責任があるというのはどういう意味なんだろう。規模はともかくフォロワーがいたら誰しも影響力はあるわけでフォローされる度に責任が発生するという意味になる。逆に、フォローすればするほど相手に責任を求めていいということになる。対価なしに責任だけ求めていい根拠がわからない。” Twitter / yokichi

“「無関係の他人が感情的になって店名を名指しで他者を批判している」件に関して、無関係の他人が感情的になって乙武さん名指しで批判しているけど、それは影響力がないのでOKってことなのだろうか。” Twitter / yokichi

“人間は完璧ではないのでキレたり愚痴って不適切な行動を取る事もある。人間、どんなにフォロワーが多くたって感情的になって不適切な事をする事があるものだ。しかしフォロワーが少ない人はすぐキレて名指しで不適切な攻撃をしてよくて、フォロワーが多い人は絶対に許されないのだろうか。” Twitter / yokichi

“乙武氏のフォロワーの多さから「強者が弱者を晒した」的な批判も出てるが、フォロワー少なくてもこの話は多分拡散したと思うよ。以前「酒飲まないんだったら出ていけ」と居酒屋で言われ店舗の実名あげて批判した妊婦がいたが、その時も炎上し、結果店は謝罪。でも彼女は数の上ではネットの強者ではない” Twitter / unkotaberuno

「誰が悪いのか」を決めたがる人間は、間違いなく三流です。

それは仕事の態度なんかにも透けて見えます。仕事ができない三流人は、何か問題(たとえば「報告漏れ」)が起きたとき「あいつのせいだ!ミスしやがって!やる気がない!けしからん!」と憤り、叱責します。

仕事ができる一流人は、問題について「今の仕組みが悪いから、報告漏れが起きるんだよな…。仕組みのデザインを変えなければいけない」と考えます。彼らは「あいつのせいだ!」という短絡的で動物的な怒りに駆られることはありません。淡々と、問題の根本に思いを馳せ、改善に向けて動き出します。


この例においても、三流の人は「誰が悪いのか」を決めたがっているのです。だって、人を裁くのは気持ちいいですし、全部他人のせいにするのがラクですからね。

一流の人は、

①まず他人を裁くことを忌避します。
②裁きたくなる気持ちを抑え、鳥瞰的な視座にたって物事を見るように努力します。
③そして、いったい何が原因なのかを考え、解決への示唆を導き出します。

このプロセスは、上で引用した人々のツイートからも分かると思います。三流の人はこういう思慮ができないくらい「浅い」のです。


他人を裁くのは、本質的に傲慢な行為です。ぼくらはどうあっても、そこまで正しくありません。その罪悪に気づくところから始めるべきです。

「誰が悪いのか」を決めたがる人間は「三流」ですよ - ihayato.書店 | ihayato.書店

「どちらが悪いのか」を決めようとする人々

とりあえず見ていて思うのは「乙武さんと店長のどちらが悪いのか」を決めようとしている人が、結構な数いること。

彼らは人を裁くことに躍起になり、白黒付けるために自分の考えを披瀝しています。当事者間では問題が解決していることを、なんら気にすることなく「あいつが悪い」「こっちも悪い」と語り合います。まぁ、要するにヒマなのでしょう。


一方で、より建設的に物事を考えている人たちは、この騒動から「いったい何が問題なのか」を導き出そうとしていることに気づきます。思考が鳥瞰的、メタ的といってもいいでしょう。

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